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アメリカ・ナショナルチームのコーチとなったデレクパラ。オランダのTV局のインタビューの模様。デレクが幼少の頃、学校が終わって、夕方近所の友達と遊んで、お父さんが仕事から戻ってくる夕方6時となると家に戻るという、平凡な生活。生活環境も良くなく、貧しい家庭で育ち、常に親元に近い位置での生活だったが、14歳の時に初めて隣町のローラーリンクに行くことが許され、当時$3.75の入場料に対して、$4.00の小遣いをもらって、残った25セントを流行のビデオゲームに費やし、ものの30秒でおしまい。その後は、お腹が空いても食べることなく、じっと自分のすべる順番を待っている。。。年齢別の競技で優勝すると、フリードリンクのチケットがもらえたので、もらえるのがうれしくって、それがスケート人生の始まりとなった。
2002年のSLC5000mで世界新記録で優勝した時、いつもはラップ8周、10周で力尽いてしまうのに、とにかく満足のいく12周を滑りきれたことが非常にうれしかった。その後、コーチから「世界記録だぞ!」と言われて、掲示板を振り返るも、まさか世界記録とはと信じることが出来なかった。
ず~っと苦戦が続いていたので、本当に信じられなかった。食べるものもなく、とても貧しくかった時のこと、親元からも離れて、友人とも離れて、ただただ自転車を漕いる時間、筋肉トレーニングをしている時間のこと、怪我をした時のこと、このままでいいのかという不確かな状況、夢だけを追いかけていること、庭の芝刈りのアルバイトしながらスケートを続けたこと、とにかく生き残るためにやってきたことすべてを思い出した。
表彰の前、銀メダルのヨキームが、「ゆっくり、ゆっくり(Take your time)」と落ち着きの無いデレクを励まし、表彰台でも、「とにかく楽しめ!(Enjoy this!)」と声をかけてくれた。非常に心強かった。そして、表情台の前の観衆から国家が聞こえてきて、涙が出てきた。それがどんどん大きくなった時、心臓の鼓動がどんどん激しくなっていったをの覚えている。これ必見です!
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